無視 せ ざる を 得 ぬ 町 くに はち ぶ。 八月十八日の政変

野々宮の低唱は、私達の生き生きとした明るさを、暴力で奪ひ取つてしまふやうな残酷なものに見えたのだもの。 一生を旅愁に托した衰弱が、激しいのだつた。 則ち稲田宮主簀狹之八箇耳 いなだのみやぬしすさのやつみみ の女子 むすめ 、号 な は稲田媛を見 め し、乃 すなは ち奇御戸 くみど に[於]為起 おこし て[而]児を生み、 清之湯山主三名狭漏彦八嶋篠 すがのゆやまぬしみなさるやひこやしましぬ と号 なづ けき。 【蒲黄】 蒲黄は漢方薬である。 其れ倭直等、釆女を貢ること、蓋し此の時に始まるか。 「征夷将軍之儀、惣而此迄通御委任被遊候、攘夷之儀、精々可尽忠節事」。 - 一刻千金 いっこくせんきん わずかな時間が千金にも値すること。 女はゐた。 突っ込み処満載。 【われ】 「 あれ」、「 われ」は両方とも一人称の代名詞だが、『古典基礎語辞典』によると、「あれ」は独り言、または親密な相手に向かって使い、「われ」は他人の前で自己主張するときに使う。
急進派の朝議掌握 [ ] のが兵を率いて上洛、着任したのは文久2年12月24日である。 実人生の矛盾と変化が、ああこれほども退屈なものか。 政事総裁職となった春嶽は、政治顧問として招聘したの献策「国是七条」の実施を求めた。 手数をかけてゐるのだな、と、友人達は笑ふのである。 「もう一軒のダンスホールへ行くのです。 昨夜の逐一の言動を、もう一度並べなほして、吟味しなほす必要がある。
62 73