魔女 の 宅急便 ジジ 喋れ ない。 ジジ 喋れなくなった理由 原作

話し合いの末、ジブリはクロネコヤマトの協力を得ることができましたが、もし許可が下りなかったら「魔女の宅急便」という名前の映画は存在していなかったのだと思うと不思議ですね。 ポジティブな考えになってきたキキは トンボの危機に立ち向かうことで 後押しをされたんだと思います。 「魔女の宅急便」にも慣れてきた頃、ある日相棒の黒猫ジジの異変に気がつきます。 ゆえにキキは、おじいさんへの礼を失したままデッキブラシを借りたのである。 キキの声優=高山みなみとトンボの声優=山口勝平は「名探偵コナン」でコナンと新一として共演しています。 キキはおソノさんとウルスラそしてトンボという好意を寄せる異性の存在と出会い、ジジはリリーという雌猫と出会いました。 これと同じで、キキとジジの繋がりも言葉は交わされなくても、より良い繋がりへと変わっていったと思われます。 どういうことなんでしょうか・・・。
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なんでクロネコヤマトはスポンサーになることを渋ったの? スタジオジブリというと現在ではアニメーション界の一流ブランドのような位置づけですが、当時は立て続けに興行が赤字となり、いまいちパッとしない存在でした。 となりのトトロでも子供にしか見えない存在が出てきますよね。 少女から少し大人へ。 が、最後の最後で、彼女はこのギブ・アンド・テイクの法則から逸脱した行動をとる。 飛行船の暴走に巻き込まれたトンボを救うべく、キキはデッキブラシの所有者たるおじいさんに対して、「お願いです!必ず返します!」とだけ頼み込んで、やや強引に彼からデッキブラシを借りる。 ジジが喋れなくなった理由でもう1つ挙げられているのは、「 ジジの恋」。 なるほど!ありえそうな話だね! とても納得のゆく説なのですが、これについて個人的には引っ掛かりを覚えました。 『魔女の宅急便』公開時の宮崎監督のトークショーで、なぜジジの言葉をキキは分からなくなってしまうのかという質問について、このように述べていました。
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しかし、モップで空を飛び、魔力が戻った後も ジジは人語を喋れないままでした 物語の意味性や象徴性に目を向けすぎると、本来は感覚で受け取るべき重要なメッセージを見失うことになる
ネコみたいなふりしちゃって むしろ、飼い猫のような態度で、ミルクを飲んで、またそそくさと出て行ってしまいました
キキは今まで家族や友達に囲まれながら 何不自由なく過ごしてきました 実はキキの魔女の力が弱くなってしまったからではなく、キキが新たな一歩を踏み出したからこそ、ジジが「ただの猫」に戻ったということなんです
絵描きの女の人とキキは同一として描かれています 「魔女の宅急便」は脚本に若手を抜擢して製作開始したものの途中で担当が宮崎駿にかわり、ストーリーが当初の予定よりもかなり長くなってしまい、製作陣は時間に追われることとなりました
状況が切迫していたのは当然あるが、キキの成長譚たるこの物語の絶対方針を転換してまで、のおじいさんとキキとのやり取りを描いたのは、何かしらの意図を感じる ジジがしゃべれなくなった理由など些事にすぎない
宮崎駿はというと、「思春期」をテーマに置いて、周囲の若い女性スタッフたちを観察しながらキャラクターをリアルに作り上げたといいます 途中で大雨が降ってきて、 荷物を必死に守り、ずぶ濡れになりながら ニシンのパイを孫に届けます
同じようなことは、社会人であればだれもが経験したことがあるだろう ウルスラに飛び方を聞かれてキキが「血で飛ぶの」と答えていたことも意味深に感じられます
しかし、そうでない相手にも親切にするというのは、なかなかに難しい 彼は今後、キキに役立つアドを授けることもしないし、具体的な言葉で慰めることもしない
が、たとえジジが喋れなくなっても2人の絆は変わりません そういう例えだと思います
キキも自分のできないことを受け止めて、 ポジティブに物事を考えるようにすることで スランプを抜け出せるだろうと考えます まず、この映画には明確な表のプロットが存在する
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