ソフト バレエ 遠藤。 元SOFT BALLET遠藤遼一が森岡さん追悼

(アルファレコード)• その直後に行われたminus - のでのライブでは遠藤の新録と思われるボーカル音源が使われた「AFTER IMAGES」が演奏された。

メンバーが知ってる人にとってはものすごい布陣で、(在籍バンド)を連ねるとスゴいことになる。

(ピンク・フロイドを引き合いには出しましたが) 彼らのオリジナリティが、 自然な形で表現されたのが、 この 『FORM』だったかもしれません。

ステージも3分の2ぐらいは地の自分でやれてるし。

この路線が以後の基本になっていく。

それでも自己主張が強い森岡は、バンド活動でノウハウとともに自信を得たからか? 3人の中で最初にして唯一、バンド活動中にソロ活動を始めている。

その他ではSUIRENのメンバーとしても活動しました。

すべてに等しく吹きつける風のように• ……書いていて怖くなってきたぞ、これはただのファンの極論です(と言っておかねば)。

この曲は1993年にリリースされた曲でアルバムからのシングルカット曲でした。

前曲でこの作品の幕を閉じても、 ある種自然な流れでしたが、 この順番でこういう曲を入れてくるあたりが、 やはりソフトバレエですね。

かつてに存在した「ツバキハウス」で3人が出会い、結成に至った。

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I love you so,want your mind• 愛のうた• そのため本稿では表記を「エンズ」としたいわけだが……あとあと考えればこのプロジェクト名って、ドアーズの「ジ・エンド」からきていたのだな 3人ともモード風の衣装でキメているのは、よく比較されるデペッシュ・モードを意識でもしたのか? その中間にある「TWIST OF LOVE」のPVでの遠藤が前作のスペーシィ衣装路線なところが過渡期で、まだ個性を出せていないように感じられて面白い
力を抜いて聴ける佳作だが、ソフバ・ファンの一部しか買わなかったと思う エンズとしてのソロ再始動後、遠藤は誰の目で見ても明らかに「パワー・ダウン」していた
TELL ME ABOUT THE SKY• の「 2002」で活動再開し、アルバム2枚をリリース そのため合宿までして作曲し、結果的に解散につながってしまった
他のメンバーも「すごい寄せ集め」である 遠藤が一気に「ボサボサ長髪+グラサン+ファー付ジャケット」というオラオラ系になっていて古参ファンをビビらせる
ただでさえ知られていないエンズが、それでも知られているのは「初期だけ」だと だからこそ「SOFT BALLET名義の復活」は100%中の100%、あり得ないことはわかっている
むしろ『MILLION MIRRORS』以上の「ふるい」だったのじゃないだろうか というより、薄めて広げてアルバムにしたような感じもある
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塚田嗣人(G) ALL OVER(1990年10月19日 - 1990年11月25日) TOUR 1991(1991年5月8日 - 1991年6月29日) TOUR 1991 TWEI(1991年10月5日 - 1991年12月19日)• というか先に進みすぎた。 藤井が今でも「活動停止状態」と言い張る気がわかるような。 メインの旋律はやはり高速オルガンで、バックにディストーション・ギターが加われば「民族テクノ」の仕上がりだ! ……ん? そうか。 単純に、今の方がうまく歌えるわけだし(笑)。 その後、強い意気込みで制作されたアルバム『HOWL』の評判はイマイチで、それから少しずつテコ入れとしてバンド・メンバーの変化、もとい「リストラ」が始まってしまうのだ。 EGO DANCE Single Version• ハゲた藤井は眉毛まで剃り始めて別の次元に突入。 8th:FOUND 2005 そして急にデジタルに接近。 そんなふうに「耳に残る」フレーズや親しみやすいポップな構成・展開を作るのは天才的に上手い。